受験生の皆さんへ、心が楽になるかもしれないお手紙

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センター試験が終わり、受験シーズンもいよいよ佳境ですね。今日は少し前に受験生だった私から今頑張っている受験生にメッセージを送りたいと思います。読んでいただいている方の中に受験生がいるか分かりませんし、もしかしたら読まないほうが良かったなんて思われるかもしれませんが、受験勉強の息抜きにしていただけたら幸いです。

小、中、高、大、現在までの中で、考えたこと、感じたこと、今だから思うことをお話ししたいと思います。同時にこれは、高校生の自分に言ってやりたい言葉でもあります。

  1. 幸せになるために受験勉強してください
  2. 第一志望の学校から不合格をもらったけどどうしよう

1.幸せになるために受験勉強してください

私は小中高大、ずっと公立校でした。子供ながらに私立はお金がかかるので行かないと決めていて、小学校中学校は受験なし、高校は推薦で入学、大学は国公立の前期と中期のみ受験→中期で受けた大学へ入学しました。

小学校から順に話を進めます。私が通っていた小学校から私立の中学校を受験する人は1クラス40人弱に2~3人だったと思います。なので、中学受験は縁遠いもので、大多数の友人と一緒に地元の中学へ進学しました。

中学校に入学したと思ったら、あっという間に高校受験です。中学校の成績は自分で言うのはアレですがそれなりに良く、進学校に推薦入試で合格することができました。本当は吹奏楽をやりたかったのですが、閑静な住宅街の中に建つ校舎では楽器はNGで、吹奏楽部もなければ軽音楽部もなく、ちょっと残念に思ったのを覚えています。

部活どうしようかな~と悩み、人や雰囲気で選んだ結果、「弁論部」というマイナーなところに入部。弁論といえば堅苦しいイメージですが、活動内容はお菓子を食べながらお喋り(テーマは卵焼きから時事問題まで)をするという、ゆるい部活でした。だけど時々は、大会の原稿を書いて話す練習をしたり、戦争を経験した人のお話を聞かせていただいたり、ビザなし交流で北方領土へ行かせていただいたり、といった活動もしていました。世界がどんどん広がっていくようで、とても楽しかったです。

高校生活はとても充実していて、3年という月日はあっという間に過ぎ、気づけば大学受験。3年生の冬(11月?)に高文連の全国大会が終わり、私は思いました。偏差値の高い大学に入ったところで一体何になるのだろうと。それまでは某旧帝大に行こうとして勉強していたのですが、勉強するのをほとんどやめます。でも、家族も先生もみんな大学に行く前提で動いているので、流れに乗って、別の某旧帝大を前期日程で受験し、某公立大学を中期日程で受験することにしました。

結果、前期日程は試験が終わった瞬間に落ちたなと分かるような出来でしたが、そのときなぜかスッキリしたのを覚えています。中期日程は、何かとんでもないミスをしていない限り合格したと分かる手ごたえで、結果その大学に進学します。

大学に入学した年の春に気づきました。高校まで、私はどちらかと言うと学歴偏重主義者だったのだと。いい大学、大きな企業に入らなくてはならないと思っていたフシがあります。でも、学歴や成績といったものが重視される世の中に、多少なりとも違和感や疑問を感じていました。「それで幸せなのか?」と。今思えば、前期日程が2つの意味で終わったときに感じたスッキリは、自分が変われる、むしろ変わらざるを得ない、ということを無意識のうちに感じて、それが気持ちよかったのかもしれません。

大学では親元を離れ、それはそれは色々なことをしました。遊び6割、勉強2割、バイト2割くらい。(もっと勉強しろよ(笑)。)その中でたくさんのことを学びました。学歴(大学の名前)で自分を誤魔化せないから、自分自身のことを磨こう。できることを増やそう。もっとたくさんの価値観、場所、人や物を知って見識を広めよう。そう思って、常にフルスロットルで動き回っていました。

大学4年間は高校3年間よりもさらにあっと言う間に飛んでいきました。大学での一番の収穫は、遊び、勉強を通じて、自然が大好きであるということを再認識できたことです。そんなこんなで、山の近くに住みたいと思って長野県の企業に就職し、もっと自然に浸ろうとして会社を辞めるに至りました。

高校生、大学生を終えて(といっても数年前の話ですが)思うのは、学校では勉強は教えてくれても幸せについては教えてくれないということです。幸せって何だろうって考え出すとキリがありませんが、単純に、あなたは今幸せですか?と聞かれたら、幸せですと即答できます。命があって、食べ物があって、寝床があって、物事を考えたり感じたりできる、それで十分です。以前これを友達に話したら、「お前はハッピー野郎か」と言われましたが、そうです。こう思えるのは、良くも悪くも今までの25年間で見聞きしてきたものの積み重ねの結果だと思います。

さて長くなってしまいましたが、受験生の皆さんへ伝えたいのは、自分の幸せのカタチを見つけてほしいということです。もちろんすぐには見つからなくても、自分は何が好きで何が嫌いで、どうしたいんだろう?と思いながら常にアンテナをはって生きていると、少しずつ何か見えてくるはずです。受験とか勉強とか関係ないじゃん、って思われたらそれまでですが、受験は一瞬、人生は一生です(一瞬は言い過ぎか。長くて在学期間中3年間だね!)。そして、幸せは人生にとって、学歴よりも重要だと思います。(学歴ありきの幸せがあなたの幸せだとしたらごめんなさい。私も昔はそう思ってたけど、違うなって感じた。あんまり根詰めて勉強して、風邪ひかないでね!)

受験勉強は、高校・大学受験のためじゃなく、幸せになるためにやってください。頑張って勉強しても生きていく上で直接役に立つことって正直言って少ないけど、昔勉強したことが、今の糧になっていると感じることが時々あります。あとは、社会人になってから物理を勉強したいとか、天気を勉強したいと思ったとき、少しの予備知識があるだけで取り組みやすくなります。そして、昔の自分より成長してるなと、感じられます(笑)

受験は精神的に大変な部分が本当に大きいですよね。だけどそれを乗り切ったら、結果はどうあれ次のステージがあなたを待っています。そこには、大変なこともたくさんあるかもしれないけれど、新しい出会いや発見が必ずあるはずです。そうした1つ1つの出来事の中に、楽しみを見いだせることを祈っています。

2.第一志望の学校から不合格をもらったけどどうしよう

縁起でもないと言われそうですが、高校にしても大学にしても定員が決まっているので、落ちるときは落ちます。今まで長いことがんばってきたのに、努力が報われないって、すごく悲しいし悔しいですよね。だけど、人生のうち思い通りになることなんて3割くらいあればいいんじゃないでしょうか。あんまりクヨクヨしたり、悲しんだりしていると心に毒なので、好きなことをして、美味しいものを食べて、まずは笑顔を取り戻してください。

高校受験の場合は、ほかに合格した高校があるなら前に進んだほうがいいと思います。大学受験の場合、その学校でどうしても学びたいことがあったり、学びたい先生がいれば浪人するのもアリだし、とにかくもう受験勉強は嫌だとか、早く大学生になりたいと思うのであれば、志望度問わず入学するのもアリ。それぞれ考え方があるので、どうすれば後悔が少ないかを基準に決めればいいと思います。

以下の話は全部結果論です。だけど、どの高校、大学に行ったって人生は「塞翁が馬」だよ、だから気楽にね!という話をしたいと思います。

まずは高校の話から。

最初の方にお話しましたが、私は高校で吹奏楽をやりたいとずっと思っていました。だから、もし第一志望の学校に落ちていたら、間違いなく他の学校で吹奏楽部に入って、何かしらの楽器をやっていたと思います。そこで楽器にハマって、ものすごく努力したなら、音大に進んでいたかもしれません(笑)。また、今でも仲の良い高校時代の友人とは出会わず、きっと他に気の合う友人がいるんだろうなと想像します。

私は第一志望の高校で充実した3年間をすごしましたが、もし第二志望の高校に進んでいたらもっと充実していたかもしれません。誰よりも充実した高校生活を送ったという自負はありますが、可能性は否めません。第二志望の高校に行ったとしても、それなりに楽しく毎日を過ごせていたような気がします。結局、どんな風に楽しくやっていくか、物事は楽しくしようと思えば工夫次第でどこまでも楽しくできます。

また、私の通っていた高校はよっぽどの事がない限りバイト禁止だったので、自分で働いてお金をためて何かをするということはできませんでした。高校生のバイトには賛否両論いろんな意見が見受けられますが、学業に専念するもよし、社会を覗いてみるのもよしだと思います。いずれにしても、色々なことを感じながら生きていくことが大切だと思います。

交友面では、仲の良い友人と同じ高校に行けなくてどうしようと思っているかもしれませんね。それも、大丈夫です。学区が同じであれば家が近いでしょうから、その気になればすぐに会えます。ケータイもあるので、毎日連絡がとれます。文明の利器ばんざい!また、高校ではそんな境遇の人は結構いるので、新しい友達もすぐにできます。みんな少なからず不安をかかえて高校に行くので、あなただけが1人になってしまうなんてことはありません。

勉強面では、あの高校にいかないと行きたい大学に行けない、と考えてしまうかもしれませんが、教えるのが上手な先生はどの高校にも各教科1人はいるので、あの先生はすごい!という噂を聞いたら、教科担任じゃなくても教えてもらいに行けばいいんです。先生に媚びを売る必要はありませんが、仲良しになると、いろいろといいことがあります。どんなに偏差値の高い高校へ行ったとしても、勉強しなければ結局同じです。結局勉強はやらないとできるようになりません。私は予備校嫌いだったのであまりお世話になりませんでしたが、金銭的に余裕があるなら予備校へ通うという手もあります。

進学校は勉強するには良い環境が整っていますが、大学に進学することがメインロードになるので、専門学校に進むとか、そのまま働くといった人生の選択肢はなかなか提示してもらえないよなぁ・・・というのが、高校を卒業して10年近くたった私の感想です。


次に、大学の話をします。

私は、第一志望として受けた大学に落ちたのを機に親元を離れ、大学生活をスタートさせます。「偏差値の高い大学に行って何になるのだろう」と考え込んでいた時期だったので、浪人しようか迷うことなく、大学生になりました。大学生活はどんなだろうとワクワク考えたりすることもなく、とりあえず大学生になったという感じでした。

私の母校の学生は主に3つのタイプに分かれていました。1.第一志望で頑張って入学して良い大学生活を送る人、2.第一志望に落ちて中期または後期日程で入ってきてヤサグレちゃう人、3.第一志望に落ちて中期、後期日程で入ったけど割り切って良い大学生活を送る人。

私はどれかというと3のタイプでした。第一志望の大学ではありませんでしたが、親元を離れ、目の前に広がる世界すべてが新鮮で、やりたいと思ったことは何でもやってみました。そこでかけがえのない友人に出会い、恋人に出会い、恩師に出会い、たくさんの価値観、物事に出会いました。もし他の大学に通っていたらどうだったんだろうなんて考える余地のないほど、それはそれは充実していました。旧帝大さん、落としてくれてありがとうと思えるほどです。いや、私が勝手に落ちたんですけど(笑)

さて、私にとってはとても素敵な大学でしたが、そこにはヤサグレちゃう人もいるわけです。あそこの大学に行けなかったから自分はダメなんだとか、こんな大学に入ったところで何にもならないよって思ってしまうらしいです。そういう風に考えるのは構いませんが、もったいないと思います。入ってしまえばみんな一緒です。そして、そこで何をするかはあなた次第です。厳しい言い方をかもしれませんが、大学のネームバリューに甘えたり、ぶら下がったりするのはいかがなものかと。人生の主役はあなたです。大学の名前ごときに左右されないでください。学歴がなくたって、充実した生活を送ることはできるし、就職することもできるし、幸せになれます。大切なのは、入った先で「何をするか」、「どうやって毎日を積み重ねていくか」だと思います。

生きていると、辛いこともあるけれど、楽しいことがたくさんあります。見つけようと思えば、そのへんに転がっています。夜寝る前に、今日も楽しかった!、今日も充実してた!と思える毎日を過ごせたらいいと思います。


長くなってしまったし、お説教っぽくなってしまいましたね。無職がエラそうにすみません。

受験は本当に大変なことだらけですが、時には息抜きをしながら、体調だけは崩さないように、受験を乗り切ってください。心から応援しています。

    
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