25歳を振り返る■フリーターとしての門出■

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気づいたら、26歳になっていた。

まるまる四半世紀も生きたのに、まだ何も成していない。

けれども、25歳は正社員をやめて自分のやりたいことに向かった転換の年だったと思う。

お金があまりたまらなかった理由と、何をやったのかを残しておきたい。

諭吉が私から離れていく

まずはいきなりお金の話。

意外とお金ってたまらないのよね。

山小屋生活を送っていれば出費も少ないのになぜ!?というところだが、大きな出費の内訳は国民健康保険料と家賃(とそれに付随する光熱費の基本料)。(国民年金は一括で支払い済み)

とくに国民健康保険料は盲点だった。

国民健康保険は、1月から12月まで働いた分をもとに翌年度分が算出される。例えば私の場合、2016年1月から12月までフルで働いたので、2017年4月から2018年3月までに支払う保険料は働いていたときと同額!!

会社員だったときは半分会社が支払ってくれるが、フリーターは全額を自分で支払わなければならない。

長野市の場合は3万5千円程度、札幌市に至っては4万円オーバーという、結構な額。

これに家賃と高熱費約4万円が乗ると、8万円ほど。

これじゃあ言うまでもなく、お金たまらないよね笑

会社を辞めた分、時間を買ったと思えば安いものかもしれないけれど。

結論:退職後フリーターになるなら、6月ぐらいまでは働いた方がお財布が楽。

ちなみに2017年はあまり収入がないので、国民健康保険は最低ライン。数千円らしい。

一人前の(?)フリーターとしてのスタートラインにようやく立った気分(笑)

25歳という1年間(山と岩と仕事と遊び)

ここから先は、他の人には何の役にもたたない、完全に自分のための記録。一部、愚痴も含まれる。

振り返ってみると、山スキーもかなりできたし、やりたかった仕事に就け、人との出会いに恵まれ、とてもいい一年だった。

やりたいことの半分もできれば万々歳だが、今年に限っては8割くらいできたんじゃないかと思う。充実しすぎていてちょっと怖いくらいだ。

26歳の自分に対していいものをたくさん引き継げたか?と問われたら、大いにイエス。大変なこともあったけれど、勉強になったこともたくさんあり、すべてが糧になった。

いつ何をやったかは以下。

■1月■

会社を退職して実家でお正月を迎える。

お正月早々に実家の犬がなくなる。

その後長野市の引っ越し先の家で寒さに圧倒されながら過ごす。寒さのあまり、引越の片づけが先延ばしとなる。

下旬から山スキーのシーズンイン。妙高前山、白馬乗鞍へ行く。

■2月■

クライミングはいつものジムに加えて下仁田ボルダー、新潟のC-BOXへ行く。

山スキーは小谷周辺の名もない山、鍋倉雪洞泊、湯の丸山、黒姫山、高野池ヒュッテ、スキーなしで蓼科山へ行く。

小諸のブックカフェ「読書の森」にて開催された映画「カンタ・ティモール」の上映会へ行き、音楽の力や人間の強さに感動する。

■3月■

佐久大学で開催された土と暮らしのオープンカレッジへ行って鶏のさばき方と養蜂と家の作り方について何となく知る。

クライミングは恵那の笠置ボルダ―といつものジムと、県内のジム。

山スキーは白馬乗鞍、白馬大池の先、鍋倉山、ガラガラ沢、白馬乗鞍からの鵯方面、粟立山。

3月上旬に山小屋の履歴書を出したのになかなか連絡がないなーと思っていたら、大学の後輩の卒業式で卒業生を出待ちしているときにまさかの連絡がくる。

中島敦にはまる。

インドカレーの作り方を教えてもらう。

■4月■

初めて大町の山岳博物館へ行く。なかなかに楽しめるすごいところ。

クライミングは瑞牆ボルダー、静岡のクライミングジャム、佐久志賀、下旬に泊まりで瑞牆。

山スキーは白馬乗鞍北、四阿山、蓮華温泉、佐渡山、鑓温泉。

上田のブックカフェで手塚治虫の火の鳥を購入、夢中で読みふける。

■5月■

連休に下仁田ボルダ―、坊抱岩。

山スキーは針ノ木雪渓、火打山(まで行けずに高野池ヒュッテでタイムアップ)。

県内某所のジムの開店準備を手伝う。

人生で初めてジンバブエの伝統楽器であるムビラの演奏を聴き、心打たれる。

山小屋の皆さんに挨拶に行く。

■6月■

松本乗鞍に板おさめをしに行きたかったが天気が合わず、山スキー終了。

別所にある森の薬塾さんにて、伝統的な日本様式の建物を作る手伝いをさせてもらう。

上旬に2度BBQ、中旬に泊まりで沢登り(魚野川本流)、そして下旬から山小屋の荷揚げ準備、上山してからは壮絶な毎日が始まる。

■7月■

山小屋シーズンイン。それはそれは壮絶な毎日で、日記さえほぼ残っていない。

もう時効なので敢えて書くが、日当6500円、3時45分から21時前まで、休憩もほぼ取れず、プライベートもなく休みなしでほぼ1カ月働いた結果、倒れる。労働基準監督署に報告したら余裕で勝てる案件(笑)

立った状態で意識を失い、自分が地面にぶつかった音で意識が戻るという経験をする。背中のあざは今も消えない。頭を強く打たなかったのが不幸中の幸い。

下界のオーナーにどれだけ何を訴えても、現場をまるで分っていないので改善されず。

ブラック企業ってこんな感じかぁ~、過労死する人ってこんな感じで死んじゃうのかぁ~、ということを思い知る。

山小屋生活というよりも、山小屋に軟禁されていたといった方が適切かもしれない。

■8月■

人手が増えたので、気持ち的にも仕事的にもかなり楽になる。日記も10日分残っている。

知人がお土産を持って会いに来てくれて、涙が出るくらいうれしかった。

縦走休暇という素敵なお休みをもらうことができたので、テントを担いで裏銀座を散歩しに行く。(野口五郎→奥黒部→平→針ノ木、延5日間の山歩き)

■9月■

相変わらず忙しいが、7月を思えば何ということはない毎日。

他所の山小屋から小屋番さんが遊びに来てくれたり、登山道整備のついでに山菜を採ったりして、楽しみも多い日々。

縦走休暇、台風のおかげで7日間に延び、劔立山へテント担いでお出かけ。ひとしきり行きたかったところへ行けて大満足。(針ノ木谷避難小屋→一ノ越(二泊)→剣沢→雷鳥沢→五色ヶ原)

台風をやりすごすためにお世話になった一ノ越山荘があまりにも居心地よく、このままシーズン終わりまでここで働かせてもらいたいと思ったのは言うまでもない。

■10月■

小屋の裏でタライにお湯をはって、大好きな山を眺めながら露天風呂に浸かる。もともと人通りの少ないところだけど、あの時は見られたらどうしようとか何も思わなかった(笑)

絶対に感覚がおかしくなっていたと思う。

お世話になっている人が遊びに来てくれる。たったそれだけのことかもしれないけれど、小屋にいると飛び上がって月までいけるくらい嬉しい。

そうこう言っているうちに、小屋締めが終わる。自分でも信じられないほど淡々としていて、達成感も感動も何もなかった。ただ明日から再び下界の生活が始まるのだということだけが事実として転がっていた。

実家に帰省して、家族で温泉に行ったりパークゴルフをしたり、高校時代の部活の審査員をやったりお墓参りをしたりする。地元がいかに素敵な街か身に染みたけれど、やっぱり長野が好き。

東京、神奈川あたりを友達とともに散策。素敵な人にたくさん巡り合わせてもったし、表参道や竹下通りも見られていい社会科見学になった。ブティックたけのこに衝撃を受ける。

■11月■

会社員時代の先輩の結婚式にお呼ばれ。とても素敵な式だった。

山小屋の常連さんにご飯をご馳走になる。小屋にいたときから本当にお世話になっていた方で、話がはずむ。

大学時代のサークルのOB会に参加。先輩も後輩も相変わらずだったけれど、それぞれいろんな悩みを抱えながらも一生懸命暮らしていて、私もこのまま自分の道を突き進もうと思った。

小屋の友人が遊びに来る。鍋を囲みつつ、あーだったよねこーだったよねと思い出話に花を咲かす。誰かと一緒にご飯を食べられるって幸せだなと感じた。山小屋の集団生活は大変なことも多かったけれど嫌いじゃなかった。

長野のえびす講の花火をいつものクライミングジムの常連さんたちと見る。夏に夏らしいことができなかったのでとても嬉しかった。

友達に呼ばれて名古屋へ行く。面倒ごとに巻き込まれる。

クライミングは、前橋のウォールストリート、いつものジム、二子山。

11月は楽しいこと良くないこと考えさせられることいろいろあり精神的に疲労したけれど、友人がNZのワーホリから帰ってきて、嫌なことは吹っ飛ばしてくれた。

その他、車にエアロ装着、片付ける、友達とごはんを食べにいく、善光寺詣り、上田散策などして過ごす。

■12月■

上田の友人宅に遊びに行って、誕生日を祝う。

小諸の友人宅に遊びに行く。古いロシア映画を見る・・・たしか3時間弱の大作だったが内容は理解に苦しんだ。

スキーシーズンイン。

山小屋の常連さんと忘年会をした足で、発破技士試験を受験し、山仲間と六甲山系の摩耶山へ登り、会社員時代の同僚をたずねて大阪へ。

引越の準備を進め、中旬に退去。築50年、3K、家賃3万5千円の物件は、水道が凍ったりナメクジが発生したりお風呂場が寒かったりしたが、家の建つ環境や趣は良かった。

21日から、仕事開始。とりあえずスキーが下手(シーズン終わりに近づいている今も下手だけど)で仕事終わりに必死で滑りまくる。雪庇を落とすのに失敗したり、雪崩を切るのを失敗したりしまくって、先輩に「崖から落とす!」と言われつつ充実した毎日を過ごす。

■1月■

天気相手なので、年末年始も何も存在しないけれど、大好きな雪に携わっていられるので幸せな毎日。

相も変わらず、仕事終わりはリフトの最終まで滑る練習をする。

たまたま1月3日が休みだったので、箱根駅伝の復路を見てお正月を実感。

何故か足ではなく手が痛いなぁと思っていたら、必死すぎてストックを握りしめていることが判明。最初は左腕から手にかけて力が入らなくなったので、まさか心臓か!?と思ったけれど、違って一安心。

ストックが折れて買いに行く。先輩に板を細工をしてもらう(なまり貼付)、板がぜんぜんパタつかなくなり驚く。

だいぶうまくなってきたと言われてかなり嬉しい。と思っていた矢先、先輩による基礎スキーレッスンでコテンパンになる。迷走。

そして26歳として生きることになる。

誕生日にはストロベリーチーズケーキのクレープを食べる。ささやかな誕生祝い。

母より私が生まれたときの写真が届き、灌漑にふける。

    
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