【山小屋2018】山小屋生活って何だろう?

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山小屋の生活を一言でいうと何になるのだろう。
去年は軟禁生活か奴隷生活と言っても過言ではなかったけれど、それはあまりに特殊すぎる。
うーん…
いろいろ考えてみて、「閉鎖的な空間での共同生活」という結論にたどり着いた。
山小屋は下界の住み込みのバイトとは違うと思う。
文化的なもの、娯楽、情報その他諸々のものが限られている。
山域にもよるけれど自由気ままにどこか行きたいところへ行くわけにもいかない。
もしも何日も嵐が続けば、ヘリが飛ばないので食料の確保が難しい。
水場のない小屋なら、日照りが続けば天水(雨水)がためられず、水さえ手に入らない。
そんな環境の中でも生活しなくてはならないし、客人を迎えなくてはならない。
そう考えると、なかなかに厳しいなと思う。


山小屋以外の住み込みのバイトは経験したことがないけれど、下界の住み込みとは恐らく一線を画すに違いない。

人間関係もまた、バランスを取るのがとても難しい。どんなにいい人たちに囲まれていても「誰にも会いたくない病」を発症することもある。
まして人間関係でストレスをためすぎて、去年は私の存在そのものが毒になってしまった。
何者も近寄るなと言わんばかりにとにかく毒を吐きまくっていたのは大反省だけれど、小屋じめ後に毒が抜け、人間ああにまで罵詈雑言を吐けるようになるのかと感心したのもまた事実、いい勉強になったと言えばなった。

こんな話ばかり書くと、そんなに小屋の生活は大変なのかと思われてしまいそうだが、もちろんいいこともたくさんある。
落語の寿限無しかり、食う寝るところに住むところがあるというのはとても有り難いことだ。
誰かが何かしらご飯を作ってくれるし(もちろん自分が作ることもあるけれど)、温かい布団で手足を伸ばして眠れる。
小屋はときどき雨漏りしたりもするけれど、どんなに大風が吹いても全壊して飛んでいくことはないだろう。
人間同士なので合う合わないはあるにせよ、話し相手にも困らない。
そして何より、いつもいつも山の上にいられるのがこの上なく幸せだ。
晴れの日だけでなく、雨の日も風の日も、吹雪の日も。山が見せる表情には、ただただ惹き込まれる。
ときに台風や吹雪の日に小屋の外へ踏み出せば、「山へ行ってはいけない日」というものが身を以てわかる。自然の声をよく聞いて、自然のルールに従うこと、これができなければ、命は一瞬で消されてしまうだろう。
また標高の高い山の上は天気の勉強をするのにもってこいで、雲がどんな場所、どんな高度に出ているのか遠くまで見渡せるし、理論上等圧線の通りに風がふくというのがとても心地よい。

仕事の内容はさておき、山小屋の生活は人間関係と山の魅力という2つのパートに大分される。
山が良くても人間関係が大変すぎたら辛いし、人間関係がどんなに良くても山が嫌なら長くいるのは辛いかもしれない。
結局、山小屋で働いていけるかどうかは、小屋の生活が好きになれるかどうか、そこに尽きるんじゃないかと思う。小屋の仕事は生活の延長線上にある。どこまで仕事でどこまで私生活で、という明確な線引きは難しい。

生きていればあれこれあるけれど私は小屋の生活が好きだ。
多少の不便があっても、山の上で毎日生活できるのは、山好きにとっては特別な贅沢だから。

    
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